about

ある夏の日、一本の電話が鳴った。
「REACTION再結成しないか?」ヤスからだった。
「歌はどうする?純也は無理だろ」「良い当てが有る」
直樹を紹介され、第五期のスタートを切った。

勿論事務所は古巣DANGER CRUE。作曲リハ~リリースメーカー決定~プリプロと事は進んだが、
梅ちゃんヤスと立て続けの病、そして二人を失ってしまった…
残された創始者の俺と、ヤスがディレクターとしてデビューさせた直樹は、このままでは終わらせ
られなかった。

追悼イベント等を経て、紆余曲折有りながらもFANや仲間の後押しを受けながら最後のアルバムを
制作、此処に至る事が出来た。ほぼ一人での企画、プロデュースはヘヴィだったが、サポート依頼
を快く受けてくれた最高のメンバーが、魂篭った素晴らしい演奏をしてくれた。本当にありがとう!
ヤスと梅ちゃんの魂の音まで聴こえる様なアルバムが出来たと思う。
最後に、FANや協力してくれた皆さんに、限り無い感謝を!! 


(反町”YUKI”哲之)


Bodyがデビューする前年の1993年のある日、ライヴハウスの楽屋にひょっこりと笑顔で現れた人がいました。
「ソニーレコードの斉藤です」
それがヤスさんとの出会いでした。

当時、Bodyの担当Dとしてソニーにいたヤスさんに僕は引き上げられたのです。
僕が今ここに在るのはヤスさんの存在があってこそ。

さぁ、今このブックレットを読んでいる貴方、応援して下さっている皆様方に、ユキ兄が最後のバトンを渡します。
新曲を3曲含むこのアルバムが偉大なるREACTIONのラストを飾る。
最後のメンバーとして歌えた事に誇りを感じると共に、REACTIONに関わってこられた全ての方に絶大なる感謝の気持ちを込めて。


(木村直樹)


(サポートアーティスト)


REACTIONとはデビュー前の昔から色々縁があり、デビューしたレーベルも同じで、梅ちゃんには夏のドラムスクールに講師として初めて参加した時からお世話になりました。
今回のレコーディングの話を受け、自分なりの色を出しつつも、梅ちゃんのプレイを尊重して(キメにうるさいYUKIさんチェックもねw)全力のプレイを刻み込みました。
僕のプレイの後ろに梅ちゃんの顔も思い浮かべて聴いてください。

(本間大嗣)


YUKIさんとの出逢いは確か44マグナムのLiveだったかと思います。
以来ちょくちょく現場でご一緒させて頂く機会に恵まれ、気づいたらReactionにお誘い頂いておりました。ご縁に感謝。光栄でしかありません。
僕が憧れていた先輩達との狂演はいつも刺激的で感動の連続です。
今回もそんなレジェンド達に負けじとレスポールにありったけのリスペクトを込めて弾かせて頂きました!きっとヤスさんも一緒に弾いて下さったんだと思います。
皆さんに魂が届く事を願って。

(小松優也)


「Charlie, Guitar弾いてくんない?」
Yukiさんからのお誘いに二つ返事でお引き受けさせて頂きました。こんな素晴らしいBandに参加させてもらえて、素晴らしい楽曲を皆さんと分かち合えたら何よりです。楽しい作業は終わってしまいましたが、またLiveでお目にかかれるのを楽しみにしています。
ありがとうございました。

(Charlie Tanaka)


BODY サポートとして、YASUさんとの出会いがあり、
YUKIさんに初めてご挨拶したのは、
YASUさん追悼ライブ後に、直樹を介してのことでした。

このアルバムをレコーディングするにあたり、
YUKIさんから直々にご連絡いただき
Left Behind:ピアノ
Always On My Mind:アコーディオン
Midnight Shuffle:鍵盤ハーモニカ
で挑みました。

楽しんでいただければ嬉しいです。

(清水賢治)